2013年11月30日土曜日

六本木レキシントン・クイーン

スクエアビルを中心としたディスコ過密エリアに存在し
日本の好景気から金に任せて呼んだ外タレは
必ず来店する有名店です。



それ目当ての女子
その女子目当ての野郎

と階層的な客層が
ある意味時代を反映しています。
(カノッサの屈辱!的にはバブルカースト制度と呼べるか?)

欲望にストレートなのが判りやすく
現在と比べて健全?とも感じてしまいます。
(携帯、メールなんて小道具は存在しない訳ですから)

たいした画像が残っていないので悪しからず



ダンスフロアは結構地味です。




ライティングにて印象が替わります。



大して変わりませんが一応掲載。








が
しかし、長い年月が流れ・・・




ある意味まんまの雰囲気で現存



店の志向も相変わらずのようで立派!です。



2013年9月24日火曜日

六本木ネオ・ジャパネスク・雅

現在ではうらぶれていますが
華やかしき頃は脚光を浴びていた六本木フォーラムビルの
地下2階に鎮座していました。

地下一階の踊り場には黒豹が歩いており(ご存知の方だけで結構です)
ビルのイメージにもなっています。

この店はカフェバーと言ったら良いのか
外人・タレントが多いので有名でした。




内装はまさに和のテイスト










刺激的なライティング





当時はお洒落!だったのです。



が
しかし、長い年月が流れ・・・




番猫を居なくなり



別店にて営業中



店内の雰囲気を確かめに
いつか訪問予定?

2013年8月21日水曜日

新宿第三倉庫

この箱は歴史上、クラブと言われています。

花園神社の境内近く
ディスコの聖地!歌舞伎町の喧騒から離れた雰囲気ある立地です。

選曲家の奔りの一人、知る人ぞ知る富久慧がオーナで
ネーミング通り簡素な内装のいわゆる倉庫です。

コンクリート打ちっぱなしの店内にバーカウンター
簡易照明と簡単なスツールを並べました。

ただ
このクラブの雰囲気は
後に同様の店が続くことから
先進的だったという事です。

DJのラインアップもディスコの其れとは全く違います。

別ブログにて紹介しているラファがラテン物を回していたのが
印象的です。

2年間の営業後、ミロスガレージと店名が替わりました。

大貫憲章兄貴のロンドンナイトは長寿イベントにて
現在も継続中です。




が
しかし、長い年月が流れ・・・




更にCLUB WIREと店名が替わりましたが
閉店した模様・・・

(ネットに画像が全くないので当時の雑誌等から拾ってくる予定)

2013年7月17日水曜日

六本木XANADU(キサナドゥ)



このディスコの話題も避けて通れないのでしょう。

サーファーなる人種が日本に発生し
ファッションを含めライフスタイルが流行、一斉を風靡したのを知っている世代は少ないでしょう。

六本木に集結したソレは実際にはエセですから見た目だけの、所謂ニセモノです。
やつらの溜り場がこのディスコになります。

当時は流行の最先端!ヤンキー(関東ではツッパリ)からサーファーに転向する者を多く
かなり強引な流れでしょう。

まあ、野郎はナンパできればなんでも良い訳で、野生本能に身を任せて行動していました。

昨今の草食系(実は最近あまり聞きませんが)より健全な気もします。

サーファーカットにブルーのアイシャドウ、メントールのタバコを燻らせムスクの香りムンムン
ファラーのホップサック等等
知っている方はニヤニヤ物でしょう。

このお店は短期間にて閉店したため、ある意味伝説化しています。

同じ場所に開店したNIRVANA(ナバーナ)にてトレンドは踏襲されました。

何度か復活したようですが又お目にかかりたいものです。
当時のファッションをヤフオクにて入手し武装して駆けつけます。
(ウエスト多分無理でしょう)

今回はネットにも画像が見つからずロゴのみです。





が
しかし、長い年月が流れ・・・





まだ在りし頃の雄姿です・・・



2013年5月29日水曜日

六本木 トゥーリア

あの痛ましい事故で有名になり
ある意味ディスコの発展に水を差し、クラブへスイッチする契機になった気がします。

当時、飛ぶ鳥を落とす勢いの山本コテツ(最近音沙汰ありませんが)プロデュース
スポンサーもこれまたバブルの象徴レイトンハウス(レイトンブルー巷に溢れてました!)
という、鳴り物入りで開店しました。


ブレードランナー近未来的な雰囲気の世界をイメージ





入り口は未知の世界への旅立ち




まさに宇宙船って感じ




3フロア吹き抜けにて




DJブース前より見上げると




宇宙船が舞い降りて来るようです



永遠の旅へ・・・








が
しかし、長い年月が流れ・・・





不思議と店の雰囲気を感じます





今更ながらご冥福をお祈り申し上げます

2013年4月13日土曜日

大阪QOO

突然!場所・時期が変わって申し訳ありません。

この箱がオープンした当時、東京を離れていまして
関西にて活躍?しておりました。

全国的に従来のディスコとクラブが並存していた時期で
双方ともそれぞれ特徴的に営業されていました。

その辺の詳細は別ブログにて紹介していますので興味があればどうぞ。

地方都市大阪ミナミならではの、立地・規模・雰囲気の立派なクラブでした。


2フロア吹き抜けのダンスフロア!



中央にDJブースが鎮座します。



上から熱狂するダンスフロアを眺めます。



バーも刺激的です。




最上階のレストラン!洒落てます。



夏は屋上で涼んで、ミナミの夜景もグッド。






が
しかし、長い年月が流れ・・・






残念ながら現地へ出向くことが出来ず
Google マップのストリートビューのコピペになった次第です。
(便利な時代になったものです)

ビル自体は現存のようですので、いつか遠征してみます。


2013年2月11日月曜日

King & Queen

マハラジャ同様、全盛期には全国展開していたので地名は特定できませんが
青山通りの旗艦店がイメージです。

当時、ディスコの歴史にて最も入店が難しい牙城として君臨していました。
店名からして最高!ですから。

厳しいドレスコードと多分年齢で客を選別していた気がします。
店内も豪華絢爛で立地・内装にどれだけ金を掛けていたのでしょう。

今考えれば、たかがディスコに行くのにステイタスを感じていた自分が
日本全体が浮かれていたバブルの時代感覚に麻痺させられていたと
気が付く由もありませんでした。

ただ
あの頃の思い出?が忘れられず
一夜の夢よ再びと思っている方がまだ居るのかも知れません。


こころ躍ったエントランス









ダンスフロアも半端じゃありません




レストランコーナーもディスコとは思えません




未開の地!VIPルーム




こんなのもありました



が
しかし、長い年月が流れ・・・




当時のトラウマにて
エントランスのドアを開ける勇気がありませんでした・・・