2013年2月11日月曜日

King & Queen

マハラジャ同様、全盛期には全国展開していたので地名は特定できませんが
青山通りの旗艦店がイメージです。

当時、ディスコの歴史にて最も入店が難しい牙城として君臨していました。
店名からして最高!ですから。

厳しいドレスコードと多分年齢で客を選別していた気がします。
店内も豪華絢爛で立地・内装にどれだけ金を掛けていたのでしょう。

今考えれば、たかがディスコに行くのにステイタスを感じていた自分が
日本全体が浮かれていたバブルの時代感覚に麻痺させられていたと
気が付く由もありませんでした。

ただ
あの頃の思い出?が忘れられず
一夜の夢よ再びと思っている方がまだ居るのかも知れません。


こころ躍ったエントランス









ダンスフロアも半端じゃありません




レストランコーナーもディスコとは思えません




未開の地!VIPルーム




こんなのもありました



が
しかし、長い年月が流れ・・・




当時のトラウマにて
エントランスのドアを開ける勇気がありませんでした・・・








2012年12月20日木曜日

六本木ヴェルファーレ

先の投稿であるジュリアナ東京が閉店した同時期に
やはりディスコの本拠地、六本木(Roppongi)に出現した
いや歴史を紡ぐ為に生まれ変わったと言えるかもしれません。

時代の流れはクラブへ移行していった訳ですが、堂々とディスコと名乗れる王道その物です。

ご存知の通り、仕掛け人は当時飛ぶ鳥を落とす勢いのあの!小室哲哉とavex traxです。

結局、この箱が最後の砦となったのはある意味宿命だったのでしょう。
地下3階、地上3階建て、1500人収容というスペック以上に強烈な存在感がありました。

トランス・ユーロビート・パラパラなど、現在では恥ずかしい感が拭えませんが
流行(はやり)なんて、思い起こせば皆そんな物です。

12年もの長き間営業を続け、幕を下ろしたのは記憶に新しい所ですし
日本にまたバブルが復活?するまで、皆さん楽しみに待ちましょう。


ファサードの階段を見上げただけでワクワクしてしまいます。





いよいよエントランンスへ




ダンスフロアを上から眺めれば壮観!



熱狂が伝わってきます。



憧れ!のVIPルーム



トイレのデザインまで!!





が
しかし、長い年月が流れ・・・



借地契約が終わり、当然ビルは取り壊し建て替えられ
面影は全くありません。




地下のイベントホール、ニコファーレのネーミング
笑っちゃいます。




2012年11月30日金曜日

ジュリアナ東京

地名は芝浦になるのでしょうが、あえて外しておきます。

以前に紹介したGOLDとは、同地区にてある意味双璧です。
コンセプト・客層・嗜好等全く違う訳ですが、どちらも欠かすことはできません。

バブルという日本中が浮かれていた時代の終わりに登場し、一世を風靡したのは皆さんご存知の通りです。
(映画になる位ですから歴史上の出来事なのでしょう)


エントランスを見ただけでときめいてしまいます。





ワンレン・ボディコン・お立ち台等等、素晴らしい文化の産物を生み出しました。





音楽がらみでavex、かなり儲けたのは容易に想像できます。









が
しかし、長い年月が流れ・・・


何回か改装されましたが、現在はオフィスとして営業?中だそうです。

エントランスには名残があり、ある意味感無量





中に入れば、なぜかミラーボールがお出迎え



お立ち台がご覧のとおり



VIPルームがこれですから!




一度お邪魔したく(無理でしょうが)



2012年10月23日火曜日

歌舞伎町NEW YORK NEW YORK

以前の投稿で紹介しましたが
東宝会館・コマ劇場が跡形も無くなり工事中になって久しくなります。

新宿というよりも敢えてこの地名にときめいてしまう貴方
一緒に懐かしがりましょう・・・・


当時は新宿ジョイパックビルと呼ばれていた4Fに在った大箱です。
たしかエレベータがシースルーで夜景を眺めながらワクワクして上ったものでした。

メンバーズカードの変わりに貰ったキーホルダー!今でも使用している方も多いでしょう。



入り口に立っている確か黒服にチェックしてもらい、だだっ広い店内へ飛び込んでいきました。

ただ、東宝会館のXENONのダンスフロアしか思い出せず(汗)
拾ってきた画像を貼っておきます。









が
しかし、長い年月が流れ・・・




ボーリング場に生まれ変わった店内からは想像出来ませんが
丸い柱と一段下がっているフロアから名残が感じられる程度です。






2012年8月21日火曜日

原宿ピテカントロプス・エレクトス

実はこの店が日本におけるクラブ発祥と言われています。

1964年築のVILLA BIANCA(ビラ・ビアンカ)の地下に
クラブキング(ベタなネーミングですね)率いる桑原茂一が開店し
中西俊夫・高木完・藤原ヒロシなど、当時はサブカル宣教師たちの溜り場でした。

その後の皆様!のご活躍はご存知の通りです。

画像はそこら中からかき集めてきたので収集がついていませんがあしからず。



店内レイアウト

エントランスは地下1階



 地下2階のステージ





DJセットですが歴史を感じますね!






当時の若者?のファッションにも注目。
まあ・・・




その後、クラブDと店名を変えました


が
しかし、長い年月が流れ・・・







メキシコ料理店にて現存







階段の雰囲気は当時のまま?


2012年6月26日火曜日

西麻布REDSHOES

ディスコとは違うのですが、当時トレンディ(死語?)だったカフェバーの走りと言われています。

オーナ松山勲、プロデュース松井雅美という名前を聞いて数々の店名を思い浮かべる貴方
別の機会にまた紹介しましょう・・・

霞町と呼び方が似合う、しっとりした場所に出来た隠れ家の様でした。

ただ、昔のことであまりよく覚えておらず申し訳ありませんが
名前の通り赤を貴重とした店内、スクリーンに映されていた動画
ワンショットのドリンク、中華料理くらいの記憶です。

カウンターに陣取るのがお勧めでした。





が
しかし、長い年月が流れ・・・






中に入ったことが無いので分かりませんが、全くの別店舗にて営業中のようです。


高樹町に同名で営業を再開していますので、機会があれば探検したいと思います。

 

2012年5月28日月曜日

麻布十番マハラジャ

いよいよ本家大元真打の登場です。

賛否両論あるでしょうが、マハラジャ王国を設立し日本を征服、海外まで拡大し
一時代を築いたのは紛れも無い事実でしょう。

ドレスコード・男性同士の入店禁止等いわゆる客を選別する手法は、プレミア感・優越感という
来店することへの新たな価値を生み出しました。



みんなが行列をつくったエントランス







大理石のダンスフロア・真鍮製の象牙、懐かしくて涙が出ます



ハニートースト!偉大な発明と言えるでしょう。




が
しかし、長い年月が流れ・・・






実は
これまた懐かしい場所、六本木プラザビル5Fにて復活!営業中ですが
どんな格好をして行っていいか分からず、いまだに来店する勇気がありません。