2013年5月29日水曜日

六本木 トゥーリア

あの痛ましい事故で有名になり
ある意味ディスコの発展に水を差し、クラブへスイッチする契機になった気がします。

当時、飛ぶ鳥を落とす勢いの山本コテツ(最近音沙汰ありませんが)プロデュース
スポンサーもこれまたバブルの象徴レイトンハウス(レイトンブルー巷に溢れてました!)
という、鳴り物入りで開店しました。


ブレードランナー近未来的な雰囲気の世界をイメージ





入り口は未知の世界への旅立ち




まさに宇宙船って感じ




3フロア吹き抜けにて




DJブース前より見上げると




宇宙船が舞い降りて来るようです



永遠の旅へ・・・









しかし、長い年月が流れ・・・





不思議と店の雰囲気を感じます





今更ながらご冥福をお祈り申し上げます

2013年4月13日土曜日

大阪QOO

突然!場所・時期が変わって申し訳ありません。

この箱がオープンした当時、東京を離れていまして
関西にて活躍?しておりました。

全国的に従来のディスコとクラブが並存していた時期で
双方ともそれぞれ特徴的に営業されていました。

その辺の詳細は別ブログにて紹介していますので興味があればどうぞ。

地方都市大阪ミナミならではの、立地・規模・雰囲気の立派なクラブでした。


2フロア吹き抜けのダンスフロア!



中央にDJブースが鎮座します。



上から熱狂するダンスフロアを眺めます。



バーも刺激的です。




最上階のレストラン!洒落てます。



夏は屋上で涼んで、ミナミの夜景もグッド。







しかし、長い年月が流れ・・・






残念ながら現地へ出向くことが出来ず
Google マップのストリートビューのコピペになった次第です。
(便利な時代になったものです)

ビル自体は現存のようですので、いつか遠征してみます。


2013年2月11日月曜日

King & Queen

マハラジャ同様、全盛期には全国展開していたので地名は特定できませんが
青山通りの旗艦店がイメージです。

当時、ディスコの歴史にて最も入店が難しい牙城として君臨していました。
店名からして最高!ですから。

厳しいドレスコードと多分年齢で客を選別していた気がします。
店内も豪華絢爛で立地・内装にどれだけ金を掛けていたのでしょう。

今考えれば、たかがディスコに行くのにステイタスを感じていた自分が
日本全体が浮かれていたバブルの時代感覚に麻痺させられていたと
気が付く由もありませんでした。

ただ
あの頃の思い出?が忘れられず
一夜の夢よ再びと思っている方がまだ居るのかも知れません。


こころ躍ったエントランス









ダンスフロアも半端じゃありません




レストランコーナーもディスコとは思えません




未開の地!VIPルーム




こんなのもありました



しかし、長い年月が流れ・・・




当時のトラウマにて
エントランスのドアを開ける勇気がありませんでした・・・








2012年12月20日木曜日

六本木ヴェルファーレ

先の投稿であるジュリアナ東京が閉店した同時期に
やはりディスコの本拠地、六本木(Roppongi)に出現した
いや歴史を紡ぐ為に生まれ変わったと言えるかもしれません。

時代の流れはクラブへ移行していった訳ですが、堂々とディスコと名乗れる王道その物です。

ご存知の通り、仕掛け人は当時飛ぶ鳥を落とす勢いのあの!小室哲哉とavex traxです。

結局、この箱が最後の砦となったのはある意味宿命だったのでしょう。
地下3階、地上3階建て、1500人収容というスペック以上に強烈な存在感がありました。

トランス・ユーロビート・パラパラなど、現在では恥ずかしい感が拭えませんが
流行(はやり)なんて、思い起こせば皆そんな物です。

12年もの長き間営業を続け、幕を下ろしたのは記憶に新しい所ですし
日本にまたバブルが復活?するまで、皆さん楽しみに待ちましょう。


ファサードの階段を見上げただけでワクワクしてしまいます。





いよいよエントランンスへ




ダンスフロアを上から眺めれば壮観!



熱狂が伝わってきます。



憧れ!のVIPルーム



トイレのデザインまで!!






しかし、長い年月が流れ・・・



借地契約が終わり、当然ビルは取り壊し建て替えられ
面影は全くありません。




地下のイベントホール、ニコファーレのネーミング
笑っちゃいます。




2012年11月30日金曜日

ジュリアナ東京

地名は芝浦になるのでしょうが、あえて外しておきます。

以前に紹介したGOLDとは、同地区にてある意味双璧です。
コンセプト・客層・嗜好等全く違う訳ですが、どちらも欠かすことはできません。

バブルという日本中が浮かれていた時代の終わりに登場し、一世を風靡したのは皆さんご存知の通りです。
(映画になる位ですから歴史上の出来事なのでしょう)


エントランスを見ただけでときめいてしまいます。





ワンレン・ボディコン・お立ち台等等、素晴らしい文化の産物を生み出しました。





音楽がらみでavex、かなり儲けたのは容易に想像できます。










しかし、長い年月が流れ・・・


何回か改装されましたが、現在はオフィスとして営業?中だそうです。

エントランスには名残があり、ある意味感無量





中に入れば、なぜかミラーボールがお出迎え



お立ち台がご覧のとおり



VIPルームがこれですから!




一度お邪魔したく(無理でしょうが)



2012年10月23日火曜日

歌舞伎町NEW YORK NEW YORK

以前の投稿で紹介しましたが
東宝会館・コマ劇場が跡形も無くなり工事中になって久しくなります。

新宿というよりも敢えてこの地名にときめいてしまう貴方
一緒に懐かしがりましょう・・・・


当時は新宿ジョイパックビルと呼ばれていた4Fに在った大箱です。
たしかエレベータがシースルーで夜景を眺めながらワクワクして上ったものでした。

メンバーズカードの変わりに貰ったキーホルダー!今でも使用している方も多いでしょう。



入り口に立っている確か黒服にチェックしてもらい、だだっ広い店内へ飛び込んでいきました。

ただ、東宝会館のXENONのダンスフロアしか思い出せず(汗)
拾ってきた画像を貼っておきます。










しかし、長い年月が流れ・・・




ボーリング場に生まれ変わった店内からは想像出来ませんが
丸い柱と一段下がっているフロアから名残が感じられる程度です。






2012年8月21日火曜日

原宿ピテカントロプス・エレクトス

実はこの店が日本におけるクラブ発祥と言われています。

1964年築のVILLA BIANCA(ビラ・ビアンカ)の地下に
クラブキング(ベタなネーミングですね)率いる桑原茂一が開店し
中西俊夫・高木完・藤原ヒロシなど、当時はサブカル宣教師たちの溜り場でした。

その後の皆様!のご活躍はご存知の通りです。

画像はそこら中からかき集めてきたので収集がついていませんがあしからず。



店内レイアウト

エントランスは地下1階



 地下2階のステージ





DJセットですが歴史を感じますね!






当時の若者?のファッションにも注目。
まあ・・・




その後、クラブDと店名を変えました



しかし、長い年月が流れ・・・







メキシコ料理店にて現存







階段の雰囲気は当時のまま?